大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成2年(ワ)4732号 判決

原告

平間真由美

ほか一名

被告

松田好明

ほか一名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の各負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、連帯して、原告ら各自に対し、六〇〇万円及びこれに対する平成元年七月三一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。(一部請求)

第二事案の概要

一  原告らの主張

1  本件事故の発生

平成元年七月三一日午前四時三二分ころ、横浜市戸塚区柏尾町九五四番地先国道一号線上において、亡加藤淳一(被害者)運転の軽貨物自動車(被害車)が被告松田好明運転の普通貨物自動車(加害車)を追い越そうとした際、加害車の右前部フエンダー及びタイヤホイール部分が被害車の左後部側面に接触し(本件事故)、その衝撃により被害車は民家のブロツク塀に激突し、被害者は死亡するに至つた。

2  被告らの責任

(一) 本件事故は、被告松田の過失によるものである。すなわち、被告松田は、被害車が加害車と並走状態となつた後に前に出た際、ハンドル操作を誤つて加害車の右前部フエンダー及びタイヤホイール部分を被害車の左後部側面に接触させたものである。

(二) 被告山崎製パン株式会社は、被告松田の使用者であり、加害車を自己のため運行の用に供していた。

3  亡加藤淳一の損害

(一) 葬儀費用 一〇〇万円

(二) 逸失利益 五〇九一万一八四五円

亡淳一は本件事故当時二二歳であり、貨物自動車の運転手として稼働していた。その収入を一か月三四万一〇〇〇円(男子の全年齢平均給与額)とし、生活費控除率を三〇%として、年五分のライプニツツ方式により逸失利益を計算すると、五〇九一万一八四五円(三四万一〇〇〇円×一二月×〇・七×一七・七七四)となる。

(三) 慰謝料 二〇〇〇万円

(四) 填補 自賠責保険から一二五〇万七六八〇円

(五) 残額 五九四〇万四一六五円

4  相続

原告平間真由美は本件事故当時亡淳一の妻、同平間裕樹は子であつて、亡淳一の右損害を二分の一ずつ相続した。

三  被告らの主張

1  免責

本件事故は亡淳一の一方的過失によるものである。すなわち、亡淳一は、本件道路を保土ケ谷方面から藤沢方面に向け時速約七〇~八〇キロメートルで被害車を運転して走行中、前方に時速約三〇キロメートルで走行中の加害車を認め、これを追い越すため対向車線に出て進行中、ハンドル操作を誤つて、被害車の左前部を加害車の右前部フエンダー、タイヤホイール等に衝突させ、これに驚愕して更にその後のハンドル操作を誤り、被害車を民家のブロツク塀に激突させたものである。したがつて、被告松田に過失はない。

2  原告ら主張の損害額は知らない。

第三争点に対する判断

本件事故の発生状況及び被告ら主張の免責の抗弁について判断する。

一  証拠(甲三の一ないし三、五の一、二、六の一ないし三、乙三、証人飯田善裕、被告松田本人)によれば、次の事実が認められる。

1  亡淳一は、平成元年七月三〇日午後七時ころ、知人が経営する居酒屋の開店祝いのため、仕事の後輩の飯田善裕を被害車に乗せて自宅を出、同日午後八時ころから翌七月三一日午前三時過ぎころまでの間右居酒屋にいて、ウイスキー水割りを飲み、その後右飯田を被害車に乗せて同人を送るべく同人方に向かつたが、途中かつて自分が働いていたことのあるスナツクに立ち寄り、同日午前四時ころ同店を出て、再び被害車を運転して飯田方に向かつた。亡淳一は、同日午前四時一〇分ころ、時速約七〇~八〇キロメートルで被害車を運転して国道一号線を保土ケ谷方面から藤沢方面に向けて走行中、本件事故現場付近に差しかかり、前方に時速約四〇キロメートルで走行中の加害車を認めたので、これを追い越すべく対向車線に出、そのままの状態で対向車線を走行し、その後加害車を追い抜いたと判断したことから自車線に戻るべくハンドルを左にきつたところ、自車の左側部が加害車の右前側部に衝突し、そのため被害車のハンドル操作の自由を失い、被害車を付近の民家のブロツク塀に衝突させて、自らは死亡するに至るとともに同乗者の飯田にも重傷を負わせた。

2  一方、被告松田は、被告山崎製パン株式会社に勤務する運転手であるが、パンを配送すべく加害車を運転して時速約四〇キロメートルで本件事故現場付近を走行中、自車の右後方約一八・七メートル付近の対向車線上にかなりのスピードで自車を追い越そうとして走行接近中の被害車を右サイドミラーで認め、そのままの状態で走行していたところ、被害車が自車を完全に追い抜く前に元の車線に戻ろうとして左に寄つてきたため、自車の右前側部が被害車の左側部に衝突し、そのため被害車は前記のとおり民家のブロツク塀に衝突するに至つた。

3  本件道路は、本件事故現場付近において車幅約八メートル、片側一車線で、中央に幅約〇・六メートルのチャツターバーがあり、その両側に黄色の実線が引かれていて追越しのための対向車線の走行が禁止されており、制限速度は時速四〇キロメートルで、見通しは良好であつた。また、本件事故当時は霧雨の状態で、交通量は多くはなく、対向車もなかつた。

4  なお、本件事故後の亡淳一の死体から採取された血液の血中アルコール濃度は、一ミリリツトル中一・六二ミリグラムであつた。

以上の事実が認められる。

二  右事実によれば、亡淳一は、真実はまだ加害車を完全に追い抜いてはいないのに、加害車を追い抜いたものと誤信し、それによつて自車線に戻るべくハンドルを左にきつたため、自車の左側部を加害車の右前側部に衝突させるに至つたものと認められる。そうとすると、本件事故は亡淳一の一方的過失によつて引き起こされたものというべきであり、被告松田には過失はないというべきである。被告ら主張の免責の抗弁は理由がある。

三  原告らは、「加害車を追い越すために対向車線に出た被害車は元の車線に戻ろうとはしてはおらず、そのままの状態で対向車線上を加害車と並走しており、そして加害車の前に出た(追い抜いた)ところで、加害車の右前部フエンダー及びタイヤホイール部分が被害車の左後部側面に接触したのである。右接触は、加害車と被害車とが並進状態となつた後被害車が前に出た際に、被告松田がことさらに加害車のハンドルを右にきつて被害車の方に寄つてきたため、生じたものである。」旨主張するが、被害車が元の車線に戻ろうとしたことはないとの証人飯田善裕の証言は、本件事故後の被害車のタイヤ痕が道路中央のチヤツターバーから民家のブロツク塀付近まで続いていることに照らし、にわかに措信し難く、また、被告松田が加害車のハンドルをことさら右にきつて被害車の方に寄つてきたとの主張は、同被告に対する本人尋問の結果並びに甲第三号証の一の写真〈5〉(加害車のバンパーの右端部分が前方にめくれて折損している。)に徴して、にわかに採用できない。

四  以上のとおりであつて、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当として棄却を免れない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 原田敏章)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例